人と深く繋がることこそ、経営で最も強い武器になる。
創業初期の経営危機、そして30歳での数億円の借金──。売上20億円規模から10年で550億円規模へ。EOという場所で得た学びと、次世代へ恩送りする経営哲学。

会員は60人ほどで、20代はおそらく僕だけ。35歳未満も3人しかいなかったと記憶しています。
その代わりに、月例会や勉強会、その後の懇親会で親しくなった先輩経営者に個別に連絡して、相談に行っていました。特に鉢嶺さんには、2か月に1度ほどランチをご一緒しながら、経営の壁打ち相手になっていただきました。今でいうメンター・メンティーの関係ですね。ほかにも、グロービスの堀さん、当時ワークスアプリケーションズ(現在パトスロゴス)の牧野さん、LIFULLの井上さん、青山フラワーマーケットの井上さん、当時ビットアイル(現在寺田倉庫)の寺田さん。そうした方々にメンターになっていただき、多くのことを学ばせていただきました。
何が自分の成長につながるのかを見極め、選んだものをきちんと成長に結びつける。20代、30代にとっては、そこがとても大事だと思います。
ある時、東京一番フーズの坂本さんが会長の時に、「YEOという若いEOの組織を作りたいので、そこの代表理事をやって欲しい」と言われました。そこから若手を次々に迎え入れました。現在40代前後のメンバーの中には、その頃に入ってきた方も多いと思います。
やがて「次の会長を」という話になり、断りきれずにお引き受けした、というのが実際のところです(笑)。32、3歳のときでした。フォーラムに入ったのも、会長就任を機に「会長がフォーラムに入っていないのは筋が通らない」と考えてからでした。
もう一つは、売上40億円を超えて100億円が見えてきた頃のことです。僕が少し慢心し始めていたタイミングで、先輩経営者からこんな趣旨のことを言われました。
「100億円程度で満足するな。1000億円を目指すくらいでなければ」
それで、100億円に届きそうなタイミングで目標をリセットし、「いつまでに500億円まで行くか」という計画をつくり直したのです。先輩方の影響は本当に大きかったです。何気ない会話の中で知った仕組みを、自社に取り入れたことも数えきれません。
振り返ると、自分から手を挙げたというより、周囲に推され、託されてきたことのほうが多い。強い意思で道を選んできたというより、「期待していただけるのなら、お応えしよう」と引き受けてきた人生なのです。
雲がかかっていなければ、受ける。それが自分の成長につながる。
そのとき決めていたのが、「成長率ナンバーワンだけは自分で取る」ということです。全体で最も伸びている会社の経営者であれば、「だから会長なのか」と納得していただけるはずだと考えました。実際にナンバーワンを取り、売上も20億円から40億円ほどまで伸びたと思います。役割に見合う目標を自分に課すことが、成長の原動力になっていました。
2つ目は、積極性です。フォーラムに入っていなかったので、僕には決まった居場所がありませんでした。だから、自分で居場所を作るしかなかったのです。
「この人の勉強会には必ず出る」と決めたものには、全部参加しました。居場所は与えられるものではなく、自分から取りに行くもの。それはかなり意識していました。
3つ目は、自分を「希少価値の高い存在」と捉えていたことです。売上が100億円を超え始めたのは33、34歳の頃。当時、100億円を超える会社はそう多くなく、EOの中でも僕はかなり若かった。僕は誰かに背中を押されて動くタイプでも、周りに引っ張られるタイプでもない。だからこそ、自分の置かれた立場を自ら意味づけし、それを活力に変えていたのだと思います。
もう一つ付け加えるなら、「自分は何を得るためにこのコミュニティーに入ったのか」を見失わないこと。なぜ、この組織に時間を使っているのか。それを忘れないことが、EOでは何より大事だと思います。
その上で今、強く感じているのは感謝です。EOのおかげで、今の自分がある。多くの先輩方に育てていただいた。だからこそ、受け取った恩を次の世代に送っていくことは、絶対にやらなければいけないと心から思っています。
昔の自分なら、そうは考えなかったでしょう。先輩方の背中を見てきた今だからこそ、それがどれだけ大事かがわかります。もちろん、自分自身の成長も止めてはいけない。成長し続けながら、受け取ったものを次の世代へ返していくことは、絶対にやらなければいけないと思っています。
EOで得たのは、「まだまだ上がいる」という実感だけではありません。会社が一定の規模になると、ノウハウ以上に、経営者が自分自身を深く理解しているかどうかが問われます。会社を大きくできても、経営者自身の心が疲弊してしまっては意味がありません。無理をせず、自分が一番いい状態で会社を大きくしていく必要があります。そのためには、「自分にとって心地いい規模はどこか」「もっと大きくすべきか」も含めて、自分を深く知ることが欠かせません。
会社は、経営者の思想と器以上のものにはならない。
EOでは一人ひとりの経営者と深く関わるので、外から見聞きするだけではわからない人柄が見えてきます。「この人はこういうタイプか」と、多くの経営者を立体的に知ることができた。その経験を通じて、「経営者とはどうあるべきか」を、奥行きをもって考えられるようになったと思います。
特に代表的日本人と陽明学は、今の僕の考え方の土台になっています。そこから日本史を読み直し、陽明学を深め、中国古典にも入っていきました。
ちょうどリーマンショックの時期で、社員は150人ほどから、自然退職で80人ほどまで減っていました。自分はどんな会社をつくりたいのか。それを掘り下げていた時期と重なって、ものすごく大きな学びになりました。
誠司さんは権限移譲がすごくて、方針は決めるものの、実務は完全に任せる、というタイプでした。そのため、僕たちは誠司さんの下で必死に働いていました。その結果、「社長にもいろいろなタイプがいるんだな」と気づきがあったんです。もともと僕はマイクロマネジメント型でしたが、「任せる」「権限を渡す」ということを初めて理解しました。
その後、僕が会長になると、今度は海外に出ることが多く、副会長の寺田さんにほぼすべてを任せていました。寺田さんから「お前は会長の1年間、何もしていなかった」と言われましたが(笑)。実際、そういう面もあったと思います。
ただ、寺田さんはものすごく仕事ができて、細かいところまで目が届く人。だからこそ「この人なら任せられる」と思えたのです。大胆に任せる会長と、緻密に仕事を進める副会長。その両方と組んだ3年間は、本当に学びの多い時間でした。
しかも、会長時代の理事は大半が年上でした。社内とはまったく違う環境です。そこでも多くを学びました。その後、会社がさらに伸びていったことを考えると、あの経験は大きなきっかけだったと思います。
僕は先輩経営者に学びに行くとき、自分の現状と目標、そして何を学びたいのかをWordにまとめて、「ぜひ教えてください」という姿勢で臨んでいました。「あなたを心からリスペクトしています」というスタンスで行くと、相手も意外なほど最初から心を開いてくれるのです。「教えられることなんて大してないよ」と言いながら、本当にたくさんのことを教えてくれる。これは、若手に許された特権だと思います。
登場人物紹介
人材・採用支援やHRテック事業を国内外で展開。フルキャストの関連会社で雇われ社長を務め、その後、親会社の方針変更を受け、30歳のときに個人で数億円を借り入れて株式を買い取った。2005年のEO入会以降、理事や会長、リージョン立ち上げなどの大役を「自身の成長には欠かせない授かり物」として引き受け、自ら成長環境を切り拓いてきた。売上20億円から10年間で550億円規模へと会社を急成長させ、現在は事業を整理・集中し、注力する既存事業では最高益となっている。先輩経営者から受けた恩を次世代へ返していくことを大切にし、後進の育成にもコミットし続ける経営者。
株式会社ネオキャリア 公式サイト独自の「共感ブランディング®」メソッドを軸に、理念を起点としたコーポレートブランディングに特化したコンサルティングファームを経営。経営理念・MVVの策定からブランド戦略、採用戦略、組織における理念浸透まで一貫して伴走し、成長意欲の高い経営者とともに、企業価値向上・認知拡大・採用強化を支援している。企業が持つ本来の価値を見つけ、磨き上げ、その価値を社会へ届けることで、力強く成長する企業を数多く創出し、より良い社会の実現に貢献することを志に、経営者一人ひとりに寄り添い続けている。
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