EO Member Interview Series
# EO活用 # 会長・理事 # 人脈

人と深く繋がることこそ、経営で最も強い武器になる。

創業初期の経営危機、そして30歳での数億円の借金──。売上20億円規模から10年で550億円規模へ。EOという場所で得た学びと、次世代へ恩送りする経営哲学。

ネオ
Interviewee
西澤 亮一(ネオ)
株式会社ネオキャリア 代表
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トディ
Interviewer
戸田 志穂(トディ)
株式会社SKY PHILOSOPHY 代表
西澤 亮一
左から 菅 彰裕、西澤 亮一氏、戸田 志穂
左から 菅 彰裕、西澤 亮一氏、戸田 志穂
01
ENCOUNTER
フォーラムに入らないと選択。とにかく先輩から直接学ぶ機会を。
トディ
トディ
西澤さんのEO歴と、入会のきっかけを教えてください。
ネオ
ネオ
入会は2005年頃、21〜22年前になります。当時はフルキャストの関連会社だったので、ある意味、雇われ社長のようなものでした。それでフルキャストの平野社長に推薦されて、EOに参加したのが2005年頃だったと思います。
会員は60人ほどで、20代はおそらく僕だけ。35歳未満も3人しかいなかったと記憶しています。
トディ
トディ
まだ今とはかなり雰囲気が違う時代ですね。
ネオ
ネオ
月例会は毎回、六本木ヒルズで開かれていた記憶があります。毎月のように誰かが上場し、IPOを祝う会が開かれる。EO全体が勢いに満ちていて、第一線を走る先輩方から大きな刺激を受けていました。
トディ
トディ
フォーラムには、すぐに入られたのですか?
ネオ
ネオ
実は、長い間入りませんでした。当時のフォーラムは今とはかなり違いましたし、僕自身も「学びたい人から直接学びたい」と考えていたので、当時はフォーラムには入らないという判断をしました。
その代わりに、月例会や勉強会、その後の懇親会で親しくなった先輩経営者に個別に連絡して、相談に行っていました。特に鉢嶺さんには、2か月に1度ほどランチをご一緒しながら、経営の壁打ち相手になっていただきました。今でいうメンター・メンティーの関係ですね。ほかにも、グロービスの堀さん、当時ワークスアプリケーションズ(現在パトスロゴス)の牧野さん、LIFULLの井上さん、青山フラワーマーケットの井上さん、当時ビットアイル(現在寺田倉庫)の寺田さん。そうした方々にメンターになっていただき、多くのことを学ばせていただきました。
トディ
トディ
私は6月に入会したばかりなのですが、錚々たる方々に時間をもらうことに、気後れはなかったのですか?
ネオ
ネオ
20代が僕ひとりだったので、かわいがっていただいた面はあります。「若いのに頑張ってるな」「話を聞かせてよ」と、向こうから声をかけてくださることもありましたが、積極的に、ある意味図々しく、話を聞きに行っていたと思います。
トディ
トディ
やはり、自分から先輩のところへ足を運んだほうが、得るものは多いのですね。
ネオ
ネオ
そう思います。EOにはフォーラムや月例会のほかにも、勉強会、メンター・メンティー、MY EOと、さまざまな学びの機会があります。しかし、全てに手を出せばいいわけではありません。
何が自分の成長につながるのかを見極め、選んだものをきちんと成長に結びつける。20代、30代にとっては、そこがとても大事だと思います。
トディ
トディ
その後、理事や会長を務められることになった経緯は?
ネオ
ネオ
当時のEOは若い経営者が少なく、確か35歳以下は3人ほどしかいませんでした。
ある時、東京一番フーズの坂本さんが会長の時に、「YEOという若いEOの組織を作りたいので、そこの代表理事をやって欲しい」と言われました。そこから若手を次々に迎え入れました。現在40代前後のメンバーの中には、その頃に入ってきた方も多いと思います。
やがて「次の会長を」という話になり、断りきれずにお引き受けした、というのが実際のところです(笑)。32、3歳のときでした。フォーラムに入ったのも、会長就任を機に「会長がフォーラムに入っていないのは筋が通らない」と考えてからでした。
02
GROWTH
先輩経営者の一言で、成長を強く意識。
トディ
トディ
入会当時、経営上の課題は何だったのでしょう?
ネオ
ネオ
当時、社員は10名ほどで、売上4億円くらいでした。課題だらけじゃないですか。その中で、「100億円の会社の作り方」のイメージをつかみたかった。そこで、100億円規模の会社を築いた先輩方を訪ね、組織をどうつくってきたのか、どうすればその規模に届くのかを、さまざまな角度から伺いました。
トディ
トディ
先輩の話から、実際に取り入れたことはありますか?
ネオ
ネオ
売上20億円くらいまでは利益をほとんど残さず、人や事業に積極的に投資していました。当時、成長期なら利益をため込むより、人や事業へ積極的に投資した方がいいという話を先輩経営者から聞き、その影響もあって成長投資を続けていたんです。
もう一つは、売上40億円を超えて100億円が見えてきた頃のことです。僕が少し慢心し始めていたタイミングで、先輩経営者からこんな趣旨のことを言われました。

「100億円程度で満足するな。1000億円を目指すくらいでなければ」

ネオ
ネオ
100億円規模では、会社がなくなっても社会への影響はまだ限定的かもしれない。1000億円規模になって、ようやく世の中に広く認知される。さらに大きくなれば、例えばJALやSHARPのように、社会への影響が非常に大きい存在になる。そんな趣旨の話をされて、「1000億に挑んでこそ、会社なのだ」と腑に落ちました。
それで、100億円に届きそうなタイミングで目標をリセットし、「いつまでに500億円まで行くか」という計画をつくり直したのです。先輩方の影響は本当に大きかったです。何気ない会話の中で知った仕組みを、自社に取り入れたことも数えきれません。
トディ
トディ
先輩の言葉が、一つひとつ改革のネタになっていったのですね。
ネオ
ネオ
そうですね。EOでやっていた運動会やメンター・メンティー制度も、自社で実施しています。EOで得た経験は、積極的に自社の経営に還元しています。
03
COMMITMENT
巡ってきた役割は「授かり物」、成長に欠かせないものである。
トディ
トディ
EOでは、ほかにどんな役割を担ってこられたのですか?
ネオ
ネオ
東京の会長のほか、2019年には企業規模の大きいメンバーが集まる「プラチナム」を立ち上げ、北海道の立ち上げにも携わりました。
トディ
トディ
チャプターを立ち上げ、「1000億円までいかないと会社じゃない」と目標を掲げる。決めたらすぐに動く印象があります。それはもともとの性格ですか? それともEOの影響でしょうか?
ネオ
ネオ
僕は、巡ってきた役割は「授かり物」であり、自分の成長に欠かせないものだ、という考え方を持っています。ネオキャリアの取締役から始まり、会社が潰れかけたときに雇われ社長を任されました。さらに親会社の方針変更があったため、30歳のときに個人で数億円を借りて株式を買い取っています。
振り返ると、自分から手を挙げたというより、周囲に推され、託されてきたことのほうが多い。強い意思で道を選んできたというより、「期待していただけるのなら、お応えしよう」と引き受けてきた人生なのです。

雲がかかっていなければ、受ける。それが自分の成長につながる。

ネオ
ネオ
ですから、目の前に来た話に「雲がかかっていなければ」、つまり怪しさや違和感のない話であれば、基本的には自分を成長させる機会と捉えて引き受けるようにしています。
トディ
トディ
「逃げない」という選択をされてきたのですね。
ネオ
ネオ
その選択は、結果的にプラスに働いてきたと思います。東京の会長になったとき、僕は年齢も若く、会社の規模も小さかった。そこで、売上成長率ナンバーワン、従業員成長率ナンバーワンといった表彰制度を、僕の代でつくりました。今もセントラルで続いているかはわかりませんが。
そのとき決めていたのが、「成長率ナンバーワンだけは自分で取る」ということです。全体で最も伸びている会社の経営者であれば、「だから会長なのか」と納得していただけるはずだと考えました。実際にナンバーワンを取り、売上も20億円から40億円ほどまで伸びたと思います。役割に見合う目標を自分に課すことが、成長の原動力になっていました。
04
RETURN
EO活用の3つのリターンは「ベンチマーク・積極性・希少価値」
トディ
トディ
EOの活用法で、特にリターンが大きかったものを3つ挙げるとしたら?
ネオ
ネオ
1つ目は、ベンチマークです。「この人たちくらいにはなりたい」という目標。理屈ではなく、若かった僕は素直にそう思えました。目標となる人たちと同じ空間に居続けることで、その水準が自分にとっての「普通」になる。そして、その先にいる人がまた次のベンチマークになる。この循環は、とても大きかったですね。
2つ目は、積極性です。フォーラムに入っていなかったので、僕には決まった居場所がありませんでした。だから、自分で居場所を作るしかなかったのです。
「この人の勉強会には必ず出る」と決めたものには、全部参加しました。居場所は与えられるものではなく、自分から取りに行くもの。それはかなり意識していました。
3つ目は、自分を「希少価値の高い存在」と捉えていたことです。売上が100億円を超え始めたのは33、34歳の頃。当時、100億円を超える会社はそう多くなく、EOの中でも僕はかなり若かった。僕は誰かに背中を押されて動くタイプでも、周りに引っ張られるタイプでもない。だからこそ、自分の置かれた立場を自ら意味づけし、それを活力に変えていたのだと思います。
もう一つ付け加えるなら、「自分は何を得るためにこのコミュニティーに入ったのか」を見失わないこと。なぜ、この組織に時間を使っているのか。それを忘れないことが、EOでは何より大事だと思います。
トディ
トディ
軸に「成長」というキーワードを持てているかどうか、ということですね。
ネオ
ネオ
そうですね。僕の場合はパーパスやバリューを明確に持っているので、そこにひもづけて判断するようにしています。
05
MINDSET
「健全な危機感」を原動力に、受けた恩を次の世代へ
トディ
トディ
EOを使い倒した結果、経営やご自身のマインドはどう変わりましたか?
ネオ
ネオ
僕はもともと、「もっとできるはずだ」という危機感を原動力にするタイプです。高い目標を掲げて走るというより、焦燥感に近い。否定的に言えば焦り、肯定的に言えば健全な危機感です。そういう人間にとって、EOはいくらでもインプットできる環境でした。
その上で今、強く感じているのは感謝です。EOのおかげで、今の自分がある。多くの先輩方に育てていただいた。だからこそ、受け取った恩を次の世代に送っていくことは、絶対にやらなければいけないと心から思っています。
昔の自分なら、そうは考えなかったでしょう。先輩方の背中を見てきた今だからこそ、それがどれだけ大事かがわかります。もちろん、自分自身の成長も止めてはいけない。成長し続けながら、受け取ったものを次の世代へ返していくことは、絶対にやらなければいけないと思っています。
トディ
トディ
もしEOに入っていなかったら、どうなっていたと思いますか?
ネオ
ネオ
どうでしょうね。良くも悪くも、かなり尖ったままだったかもしれません。尖ったまま、どこかで行き詰まっていた可能性もあります。
EOで得たのは、「まだまだ上がいる」という実感だけではありません。会社が一定の規模になると、ノウハウ以上に、経営者が自分自身を深く理解しているかどうかが問われます。会社を大きくできても、経営者自身の心が疲弊してしまっては意味がありません。無理をせず、自分が一番いい状態で会社を大きくしていく必要があります。そのためには、「自分にとって心地いい規模はどこか」「もっと大きくすべきか」も含めて、自分を深く知ることが欠かせません。

会社は、経営者の思想と器以上のものにはならない。

ネオ
ネオ
結局、会社の99%は経営者で決まると思います。経営者が何を思い、何を考え、何をしようとしているのか。それが会社のほぼすべてです。
EOでは一人ひとりの経営者と深く関わるので、外から見聞きするだけではわからない人柄が見えてきます。「この人はこういうタイプか」と、多くの経営者を立体的に知ることができた。その経験を通じて、「経営者とはどうあるべきか」を、奥行きをもって考えられるようになったと思います。
06
LEADERSHIP
人生を変えた読書会、会長や副会長の経験から委任の仕方を学ぶ
トディ
トディ
20億円から100億円へと成長していく過程で、「この人との出会いで自分が変わった」という経験はありますか?
ネオ
ネオ
一つは、当時グロービスの堀さんが主宰していた「堀塾」です。年4回の読書会で、課題図書は代表的日本人、陽明学、EQ、そして堀さんご自身の著書でした。これが、おそらく僕の人生を大きく変えました。
特に代表的日本人と陽明学は、今の僕の考え方の土台になっています。そこから日本史を読み直し、陽明学を深め、中国古典にも入っていきました。
ちょうどリーマンショックの時期で、社員は150人ほどから、自然退職で80人ほどまで減っていました。自分はどんな会社をつくりたいのか。それを掘り下げていた時期と重なって、ものすごく大きな学びになりました。
トディ
トディ
もう一つは?
ネオ
ネオ
会長職を通じて、「任せる」ということを学んだことです。僕が副会長だったときの会長が中村誠司さんで、僕がその次、さらに次が寺田倉庫の寺田さんでした。
誠司さんは権限移譲がすごくて、方針は決めるものの、実務は完全に任せる、というタイプでした。そのため、僕たちは誠司さんの下で必死に働いていました。その結果、「社長にもいろいろなタイプがいるんだな」と気づきがあったんです。もともと僕はマイクロマネジメント型でしたが、「任せる」「権限を渡す」ということを初めて理解しました。
その後、僕が会長になると、今度は海外に出ることが多く、副会長の寺田さんにほぼすべてを任せていました。寺田さんから「お前は会長の1年間、何もしていなかった」と言われましたが(笑)。実際、そういう面もあったと思います。
ただ、寺田さんはものすごく仕事ができて、細かいところまで目が届く人。だからこそ「この人なら任せられる」と思えたのです。大胆に任せる会長と、緻密に仕事を進める副会長。その両方と組んだ3年間は、本当に学びの多い時間でした。
トディ
トディ
理事や会長など、さまざまな役割を経験することが大事なのですね。
ネオ
ネオ
大事だと思います。会長になるとき、僕は初めて理事全員を自分で指名しました。「この人はすごい」と思う人を抜擢して集めた結果、優秀なボードメンバーがいれば組織は回るということを実感しました。伸びる組織のいろはを、自分でやりながら学べたと思います。
しかも、会長時代の理事は大半が年上でした。社内とはまったく違う環境です。そこでも多くを学びました。その後、会社がさらに伸びていったことを考えると、あの経験は大きなきっかけだったと思います。
トディ
トディ
可能性のある人を集めて組織をつくる。その過程で得た学びが、会社の成長にもつながった。だから、理事や会長はやったほうがいい、と。
ネオ
ネオ
やったほうがいい。間違いなく成長できます。チャプターの立ち上げなど、チャンスはまだまだあります。49都道府県ありますからね。ぜひ挑戦してほしいですね。
07
MESSAGE
EOは「成長し続ける場所」
トディ
トディ
入会1、2年目のメンバーが明日からできる「EOハック」を挙げるとしたら?
ネオ
ネオ
先入観を持たずに、まずはイベントに参加すること。そこで見覚えのある経営者がいたら、挨拶して「一度30分、お時間をいただけませんか」と声をかける。それだけでいいと思います。
僕は先輩経営者に学びに行くとき、自分の現状と目標、そして何を学びたいのかをWordにまとめて、「ぜひ教えてください」という姿勢で臨んでいました。「あなたを心からリスペクトしています」というスタンスで行くと、相手も意外なほど最初から心を開いてくれるのです。「教えられることなんて大してないよ」と言いながら、本当にたくさんのことを教えてくれる。これは、若手に許された特権だと思います。
トディ
トディ
若くなくても、行っても良いものでしょうか?
トディ
トディ
私も今、42歳ですが……。
ネオ
ネオ
全然いけると思います。入会して間もない方ならなおさらです。
トディ
トディ
最後に、西澤さんにとって、EOとは?
ネオ
ネオ
一言ですか。難しいですね……。「成長し続ける場所」でしょうか。
トディ
トディ
まさに、EOを使い倒してこられたのですね。
ネオ
ネオ
EOを使い倒して、EOにも使い倒されましたね(笑)。
Interview Profiles

登場人物紹介

ネオ
Interviewee · ネオ
西澤 亮一
株式会社ネオキャリア 代表
インタビュイー EO 2005

人材・採用支援やHRテック事業を国内外で展開。フルキャストの関連会社で雇われ社長を務め、その後、親会社の方針変更を受け、30歳のときに個人で数億円を借り入れて株式を買い取った。2005年のEO入会以降、理事や会長、リージョン立ち上げなどの大役を「自身の成長には欠かせない授かり物」として引き受け、自ら成長環境を切り拓いてきた。売上20億円から10年間で550億円規模へと会社を急成長させ、現在は事業を整理・集中し、注力する既存事業では最高益となっている。先輩経営者から受けた恩を次世代へ返していくことを大切にし、後進の育成にもコミットし続ける経営者。

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トディ
Interviewer · トディ
戸田 志穂
株式会社SKY PHILOSOPHY 代表
インタビュアー EO 2024

独自の「共感ブランディング®」メソッドを軸に、理念を起点としたコーポレートブランディングに特化したコンサルティングファームを経営。経営理念・MVVの策定からブランド戦略、採用戦略、組織における理念浸透まで一貫して伴走し、成長意欲の高い経営者とともに、企業価値向上・認知拡大・採用強化を支援している。企業が持つ本来の価値を見つけ、磨き上げ、その価値を社会へ届けることで、力強く成長する企業を数多く創出し、より良い社会の実現に貢献することを志に、経営者一人ひとりに寄り添い続けている。

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