2026年6月 Chapter Meetup レポート
「繁盛」の本質 ── 牧野正幸氏が語る、成長を止めない経営
2026年6月11日|EO Tokyo Central チャプターミートアップ @ ザ・リッツ・カールトン東京
EO Tokyo Centralの30期を締めくくる6月のチャプターミートアップは、「繁盛」をテーマに対談形式で開催しました。登壇者は、株式会社パトスロゴス代表の牧野正幸氏。前職を創業からわずか数年で上場に導き、その後も売上規模を大きく伸ばし続けた、日本のソフトウェア業界を代表する起業家です。現在は新たな会社を立ち上げ、還暦を超えてなお全力で事業を伸ばし続けています。聞き手は、株式会社LITA代表で当チャプター会員の笹木郁乃氏が務めました。
牧野氏は冒頭、「経営で悩んでいることの90%は、本来悩む必要のないこと。本当に悩むべきは、事業を伸ばすという観点の10%だけだ」と切り出しました。この一言から、約1時間にわたる濃密な対話が始まりました。

伸ばせるときに伸ばす
対談はまず、創業期の急成長から始まりました。最初の数年は計画通りに事業が伸びたものの、規模が大きくなるにつれて計画と実績が乖離し始めた時期があったといいます。
その原因は、人材でも資金でもなく「経営リソース」、すなわち経営者自身の力の枯渇でした。意思決定をすること、責任を取って突破すること、社員や顧客に自分たちの世界観を浸透させること。これらは経営者にしかできず、ここが詰まった瞬間に成長が鈍り始めると牧野氏は語ります。
笹木氏が「急成長で組織が疲弊したときは、一度ブレーキをかけて立て直すべきではないか」と問うと、牧野氏は「止めたら、そこまでの会社」と明言しました。会社は勢いがあるときにしか伸びず、成長率が落ちてから立て直そうとしても二度と元には戻らない。世界的に大きく成長した企業は、いずれも伸ばせるときに伸ばしており、組織が混乱しても成長を止めなかったからこそ今の地位を築いた、という考えです。
そもそもベンチャーとは混乱を抱えた状態そのものであるとも語りました。次々と新しいことに挑戦して伸びていれば、必ずどこかに無理が生じ、トラブルが起こる。その問題の絶えない状態こそがベンチャー企業だという言葉に、会場の経営者からも共感の声が上がりました。
採用がすべて
働きがいのある会社ランキングの常連であった前職について、その秘訣を問われた牧野氏の答えは「育成ではなく、採用がすべて」というものでした。
育成も当然行っていたものの、良い会社になった本質的な理由はそこではない。向いている人を採っているからこそ、良い会社になる。向いていない人が集まれば、どれだけ育成しても良い会社にはならないという指摘です。
ベンチャーに向いている人材として牧野氏が挙げたのは、問題解決力のある人、そして何もない状況をむしろ自由と捉えられる人でした。ルールを守りチームワークで動く大企業型の優秀さは、ベンチャーでは必ずしも活きない。まず求めるべきは個人の力だといいます。
採用手法も具体的でした。面接や試験だけでは適性を見極められず、大量採用を始めれば対策もされてしまう。前職では入社後に数ヶ月の研修期間を設け、実際の業務に近いワークを通じて適性を見極めていたといいます。OJTで早期に現場へ出すのではなく、社内でじっくり見極める。向いていない人材を無理に現場へ出せば、本人も周囲も疲弊してしまうためです。その間に支払う給与は必要経費と割り切る、という姿勢が語られました。
中途採用では学歴も一つの目安にしていたといいます。高学歴の人材にはプライドがあり、働かずに居座ることをよしとしないというのが理由です。ただし最上位層は採用が難しいため、各大学の上位ごく一部にいる優秀な層を狙う方が現実的であるとし、実際に研修成績で毎年上位を占めたのは必ずしも著名大学の出身者ではなかったと述べました。

売ることが事業を伸ばす
事業拡大の原動力を問われると、牧野氏は「商品やサービスももちろん大事だが、売れてこそ意味がある」と即答しました。
良いものを作れば売れると考えるベンチャーは少なくないが、実際には良いものを作っても売れない。それはまだ「良さげなもの」にすぎないからだといいます。売って、売って、売り続けることで初めて顧客からのフィードバックが集まり、それをもとに改善を重ねて本当に良いものへと育っていく。性能で大きく劣っていた製品が、圧倒的な営業力で売れ、大量のフィードバックを糧に改善を続けた結果、やがて機能でも首位に立った事例を交えながら語りました。
牧野氏自身、エンジニア出身でありながら上場前まではトップセールスとして全顧客のデモンストレーションを自ら行っていたといいます。社長自らが売るか、創業時からの優れた営業メンバーが売るか。外部から招いた営業ではうまくいかないという指摘は、採用の話とも重なるものでした。
クレームへの向き合い方も一貫していました。クレームを受けても動じず、何があっても最後まで顧客全員を満足させるという気持ちを持ち続けること。その誠実さは必ず伝わるものであり、だからこそ前職では長く解約が出なかったと振り返りました。
優秀な人材が定着する条件
牧野氏が繰り返し強調したのが、社会貢献性の重要性です。社会に本物の価値を届けていない会社には、優秀な人材は定着しないといいます。
優秀な人材が辞めずに活躍し続ける条件として、牧野氏は三点を挙げました。会社が社会に本物の価値をもたらしていること。その実現が難しく、優秀な人材でなければ解けない問題に満ちていること。そして、それに見合う報酬を払っていること。この三つが揃えば、人はほとんど辞めなくなるという考えです。
逆に、ビジネスとして成立していても社会的意義の薄い事業に優秀な人材を充てれば、彼らはノウハウを学んで独立してしまう。一方で、辞めて自らの事業を始めたいという社員のことは心から応援するとも語り、経営の厳しさと人への信頼を併せ持つ姿勢がうかがえました。

会場との質疑応答
対談後の質疑応答も、実践的な内容となりました。第一線の経営者に直接問いを投げかけられるこの時間には、会場の各所から多くの手が挙がりました。主なやり取りを紹介します。
意思決定の遅さに悩むという経営者には、経営者に最も必要な資質として「ペシミストでありポジティブシンカーであること」を挙げました。悲観的に物事を見て穴の存在に気づいたうえで、それでも「落ちても死なない」と決断できる人こそが本当のポジティブシンカーである。とことん悩んで決めたら、あとは貫く。間違えたと思えば素直に謝り、やめればよいという考えです。
複数の技術領域に手を広げているAI企業の経営者には、多様な挑戦そのものは悪くないとしたうえで、どこが自社最大の強みになるかを見極めることの重要性を説きました。顧客から繰り返し評価される領域が見えてきたら、そこに集中すればよい。現状のAIはまだ各社が手探りの段階だと述べています。
外部からの幹部採用については、率直に「打率は2割」と語りました。求人やヘッドハンティングで集めた人材で成功した例はほとんどなく、本当に優れた幹部とは縁があって向こうから声をかけてくるものだといいます。それよりも、優秀な若手を採用すれば三年で一人前となり、六年で幹部になる。そちらに賭ける方が確実であるという話に、多くの会員がうなずきました。
優秀な人材の口説き方を問われると、自身をストーリーテラーと表現し、全体に向けて語るストーリーが魅力的であれば強い興味を引けると述べました。一方で、一定の規模を超えてからは新卒の最終面接をあえて行わなかったといいます。社長に憧れて入社しても、実際に共に働くのは現場のマネージャーであり、そのギャップで早期に離職してしまうためです。そこで、実際に一緒に働くメンバーを見て入社を判断してほしいと伝えるようにしたと語りました。
エンタープライズ営業の要諦についても具体的な助言がありました。特定の一人に会えば事が動くわけではなく、技術担当やコーチ役など、顧客側の関係者を分類して一人ひとりとの関係を築いていく。売り込もうとするのではなく、顧客側の相関図を完成させることこそが営業の最重要ミッションであると述べました。
成長への覚悟
最後に、これから繁盛を目指す経営者へのメッセージを求められると、牧野氏は自身の現在地を率直に語りました。新会社を立ち上げてまだ数年でありながら、前職を上回るスピードで事業を伸ばしているのは、「のんびりしている時間はない」という切迫感からだといいます。
「成長させないのなら、起業はやめた方がいい」。そう述べたうえで、成長している経営者を見て焦るべきだと続けました。もっと伸ばせる、実際に伸ばせる会社はいくらでもある、という言葉には強い確信がにじんでいました。
かつて同世代の起業家たちが互いに刺激し合い、競い合いながら成長していった時代を振り返りつつ、牧野氏はこう締めくくりました。「ここにいる経営者の中には、すでに社会に大きなインパクトを与えている人もいる。これから本気になれば、さらに大きな価値を生み出せる人が必ず出てくる。それだけの力があるのだから、そこを信じて挑んでほしい」。
遊びを否定するわけではないとも語ります。上場時には好きな車も手に入れた。それでも常に事業へ集中し続けたのは、自分こそが社会に価値を届けるのだという覚悟があったからです。その一言一言が、会場の経営者の胸に深く残る対談となりました。
EO(Entrepreneurs’ Organization)は、年商1億円以上の創業経営者が集まるグローバルなピアラーニングコミュニティです。EO Tokyo Centralでは毎月、第一線の経営者を招いた学びの場や、会員同士が経験を共有し合うチャプターミートアップを開催しています。詳しくはEO Tokyo Central公式サイトをご覧ください。